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日牟禮八幡宮

近江商人発祥地の一つとして知られる近江八幡。
自然の恵みや先人達が創り出した風景や文化…「風情」が輝く地域。
今回は近江八幡のまちが発展した一つといえる「八幡堀」界隈を散策してきました。

私のふるさと…幼稚園から社会人になるまで過ごした近江八幡。学生時代、自転車であっちへ行き、こっちへ行きと走り回って過ごした近江 八幡ですが、八幡堀をじっくりと散策したのはこの歳になってはじめて。その界隈、情緒溢れる風景に歴史を感じられる場所がこんなにもたくさんあったとは! まさに、灯台下暗し…
私の大阪の友人がよく言います。滋賀の魅力、たくさんあるやん!滋賀に住んでいると、滋賀のよさに気付かず見逃している場所って結構あるんでしょうね。

八幡堀を散策するに、まずは車を止めようと駐車場を探し。まあ、なんて観光客の多いこと!昔、こんなに活気が無かったような…八幡の観 光協会の方々が頑張られた証ですね(^_^)v3月の左義長まつり、4月の八幡まつりで有名な千有余年の歴史を誇る近江八幡の総社「日牟禮八幡宮」の前に ようやく駐車出来ることができ…一安心。 この日牟禮八幡宮は、昔、初詣によく来たものです。日牟禮八幡宮向かって左手には八幡山があり、ロープウェイ(約4分で到着!)で頂上まで上ることも出来 ます。実際にロープウェイを使わず、登山される方もしばしば。という私も小学校のときに登った記憶があります(^^)
登ってから見る景色は最高!西の湖や旧城下町を見渡すことが出来ます。

八幡堀さてさて、八幡堀…もともと堀は城を防御するために存在しますが、その昔、豊臣秀吉はこの八幡堀を運河として利用することを考え、琵琶 湖を往来する船全てを八幡のまちへ寄港させたとのこと。多くの商人が八幡のまちから全国へと旅立ち、近江商人として活躍した原動力となった八幡堀。しか し…昭和30年ごろ、時代は高度経済成長期に入り、市民の生活の変化や市民の関心も堀への関心も薄らぐ中、やがて八幡堀はドブ川のようになりました。一時 期、八幡堀は埋め立ての話もありましたが、「八幡堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」の合言葉により、市民が立ち上がり、清掃活動の取り組み等によってその 結果、次第にかつての八幡堀を取り戻すことができました。今日も各団体による清掃活動が続けられています。
この八幡堀、現在では、写真や絵画の愛好家等が数多く訪れ、時代劇のロケ地としても頻繁に使用され、市民や観光のシンボルとされています。

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