東日本大震災
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西野水道
【高月町へのアクセス】
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高月町に入り湖周ロードを木之本方面に北上し琵琶湖畔西山の麓に進むと「西野水道」という170年前に掘り貫かれた岩穴があります。それは当時 余呉川河口の村々を襲う水害から守るため恵荘上人の悲願と信念、村人の努力と執念が作り上げた排水用の 水道でした。今日はそんな西野水道探訪から高月の旅を始めましょう。



到着すれば無人休憩所があり、中ではボタンを押せば西野水道の案内放送が流れます。 西野水道内を歩きたい方は休憩所に備え付けの長靴・ヘルメット・懐中電灯を装備し 自由に入れます。入口周辺は自然公園になっておりのんびり楽しめ、また西山には長さ 3kmにも及ぶ古保利古墳群もあります。



それでは神秘の歴史に触れる西野水道へ入ってみましょう。



西野水道は江州の青の洞門とも呼ばれ、6年の歳月と1万人にも及ぶ石工・村方人足・ 他村応援や伊井藩・幕府の協力で完成されました。その規模は高さ約2m、幅1.5m、 全長250m 粘板岩の堅い岩盤を掘り貫く大土木事業でした。



工事着工 天保11年(1840)7月29日、貫通は弘化2年6月3日に西野水道は貫通し、 長年苦しみ抜いた村人は我を忘れて喜びました。全工事の費用は1.275両(約5億円) かかったそうです。



奧深く掘るに従い更に堅い岩盤となり工事は難航しました。石工は磁石で方向を探り、細いノミ と長さ45cmの柄の玄能だけで掘り進む工法で洞穴内には今でもノミの跡が鮮やかに残って います。当時の石工や村人達の掘貫きへの執念には今更ながら驚かされます。








暗い洞穴内を突き進むと琵琶湖側に出ます。掘った土砂は藤のもっこに入れ二人が担ぎ 洞外に運び出しました。最初は琵琶湖側から掘り始め、その後東側から掘り進み途中で ぴったり合ったということですがそれがどの地点かは分かっていません。
